STORY
華縁の民が語り継ぐ『縁厄の断神』の伝説「……なあ、お前、あの話を聞いたことはあるか?」そう言って、焚き火を囲んだ老人が低く呟く。
夜風が冷たくなり、集まった者たちは互いの距離を縮める。華縁の民なら誰もが知る“あの神”の話――「縁厄の断神」の伝説を。.
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.昔々、この星には三柱の神がいたという。見識の操神(けんしきのおうしん)――世界の流れを読み、未来を見通す神。破滅の鬼神(はめつのおにがみ)――終焉を司り、星の理を維持する神。そして……縁厄の断神(えんやくのだんしん)――
「不要な縁を断ち、星の均衡を保つ」とされた、最も恐れられた神。それは、神の名を冠するにはあまりに禍々しい存在だったという。そもそも、神とは「畏れ敬う」もの。
だが、この断神だけは「恐れおののく」存在だった。神々しく輝くどころか、闇を纏い、魔王のような邪悪さと威厳を備えていた。
死神のごとき美しさを持ち、どこまでも黒く深い衣に包まれ、
漆黒の髪は風もないのに揺らめき、
両肩には、血のように紅く染まった二枚の翼。そして何よりも……その瞳。絡み合う渦のような深紅の瞳。
ひとたび見つめられれば、縁が絡め取られ、存在すら奪い去られるという――。「縁を結ぶ」などという言葉とは無縁だった。
それどころか、華縁の民たちはこう言っていた。「あの神に目をつけられたら最後だ」 と。縁とは、繋がることであり、巡り、満ちてゆくもの――だが、それが “増えすぎた” 時、
世界は重みに耐えきれず歪み、やがて崩壊を迎える。その歪みを正すために、
断神はただ淡々と “不要な縁” を “切り落として” いたのだという。だが、どうだろう?それが “不要” かどうかを、
我々の誰が決めることができる?断神は、容赦がなかった。
泣き叫ぼうが、縋ろうが、どんなに愛し合おうが……一度、その紅い瞳に映れば終わりだった。伝説では、こう語られる。ある日、華縁の星の空が裂けた。
世界の理が狂い始め、
神々でさえその歪みに抗えなくなっていた。断神は、星の中心に立ち、
何かを見下ろしていたという。それが何だったのかは、誰も知らない。ただ、空が赤黒く染まり、
大地が悲鳴を上げる中、断神はただひとり、静かに刃を振り下ろした。それが “星が滅んだ” 日のことだ。そして……それ以来、断神の姿を見た者はいない。あれほど恐れられていた神は、
世界の終焉と共に、その存在ごと掻き消えてしまったのだ。だが……本当に そうなのか?一部の者はこう言う。「滅びの瞬間、断神の片翼が砕け散ったのを見た」
「その力を使い果たし、自らをも削ったのではないか?」しかし、そんな話を信じる者は少ない。
何せ 「縁を断つ」 だけが役目の神に、
何か別の選択肢があったはずがないのだから。……だが、もし。もし、あの神が今もどこかで生きているとしたら?もし、
かつて恐れられた 「縁を断つ神」 が、今さらになって 「縁を結ぶ」などと言い出したとしたら――?そんな話、考えるだけで恐ろしいだろう?.
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.「……さあ、夜も更けた。」「くだらぬ昔話はここまでにしよう。」「お前も、変な夢を見ぬようにな。」……どこかで、紅い瞳に見つめられぬように。